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Hedonism

※個人の主観です

担降りしません。

ジャニヲタ界隈には担降りブログなるものが溢れているわけだけど、それなら担降りしないブログもあってもいーんじゃないかってことで。
そもそも担降りする気なんてなかったんですけど、いろいろ行ってるんで、うまくバランスが取れなくなっていたのは事実です。が、ARASHI BLAST in Miyagiに行って猛烈に愛を叫びたくなりました。
 
※ここから下はすべて個人の主観ですので、これ違う!って思うこともあるかと思いますが攻撃しないでね。
 
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この夏の私のテーマソングはOh Yeah!だったんじゃないかってくらい風磨コンでもガムシャラでもこの曲がその現場をドラマチックに彩っていた感があったんですけど。単純な私はそのエモさに感化されまくり、こんなブログまで書いたわけですが。

 

konayukia5.hatenablog.com

 

9月も終わりに近づいたころ、この夏の締めくくりに、本家大元、嵐のコンサートで、この曲のイントロが鳴り響いた瞬間、目の前の花道に嵐の自担である翔くんが現れて(花道横のアリーナE4でした)、ほんと目の前を通過していったので、なんて運命的なんだろうと、ひとり、勝手に拗らせて「ウーウー」唸っていたところ。
 
それにとどまらず。
ARASHI BLAST in Miyagiは8年ぶり宮城でのコンサートということでそれぞれのソロ曲は宮城にきていない期間のものから選ばれてたんですけど、翔くんは2008年のHip Hop Boogieに、新たなリリックを乗せて、ChapterⅡとして披露したんです…!!!!!
私はほんとに呪いのようにこの曲が好きで、初年度アラフェスのときソロ曲部門がない中アルバム3曲中の1曲にぶち込んだほどなんですけど。
この曲は櫻井翔のそれまで(2008年)の集大成且つ真骨頂だと個人的に勝手に思ってるんですけど、翔くんはこれ以降、自身のソロ曲で、自身そして嵐のことを詞にすることをしなかったんですよね。それまでは周期的に書いてきてたので、今年はくるはずだと、何度か予想してたんですが。
「嵐」というグループについて嵐の楽曲では書いてきたけど、自分のことは書かなくなったのは、もう、個として歌に乗せてまで何かを主張する必要がなくなったのだなぁ、ある意味、丸くなったというか…個の主張より今は、音楽で表現したいことが他にあるよねぇ、と、勝手に感じていて。それは良いことで、よりクリアにストレートに、嵐の音楽を作ることに集中できるのかなぁ。イロモノのエロティックだったり、金曜日のパーリーナイトだったり、苦く引きずる失恋だったり、幸せってなんなの?だったり、自由にいろいろなことを表現できてるんだよなぁ〜なんていうふうには思っておりまして。
 
でもやっぱり私はどこか、櫻井翔20◯◯、を求めていて、今年のソロはどんなんなるのかなぁ〜と微かな期待を胸に抱いていたのですが。
 
今年、翔くんが新たなリリックを、宮城の地で、それも、大好きなHip Hop BoogieのChapterⅡとして、発表したので。
その、第一声が「君たちとなら歩いてく」だったので。
 
なんだかもう、よくわかんないんですけど、すごくすごく、ああ、私の好きな櫻井翔だ…!っていう安堵感と興奮とで、たまらなくなって、震えるほどに涙が込み上げてしまいました。
 
このタイミングで、私が一番好きなHip Hop Boogieに新たな「今」の櫻井翔の歌詞を乗せてくる。私が一番望んでいた、喉から手が出るほどに求めていた、とても見たかったものをガッチリとお届けしてくれて、この人は私を裏切らない、もうこの人についていくしかないと思う他ありませんでした。
 
Hip Hop Boogie ChapterⅡ。
この歌詞のすべてを完璧に解説できるほどの頭は私にはないけれども。
 
私のイメージの中では、2008年のこの曲は、翔くんが、細い一本道を荒野の中歩いていると、その前に大草原がパァッと広がって、歩いている翔くんが隣を見ると、嵐の4人が並んでいて、自信と希望に満ち溢れた目で、後ろを振り返らず、その一本道を5人で並んで歩き続けていく、というような画が浮かんでいました。「道なき道を歩いてく 迎合せずただマイペース」その道の先の先がわかっているわけではないけれども、彼の、彼らの意志を曲げずに「マイペース」に。大草原に道を作り、歩いていく。「その先例え果ててたとしても」。
そして、アイドルという色眼鏡で見られがちであったあらゆるジャンルの「本業」の方の罵詈雑言のような評価も耳に入れず、「温室の雑草」が、天の頂いただくぜ、って。20代前半のころの、「外野黙ってな」って棘を纏った彼ではなく、「時代は手の中に」自信を纏った彼が「辺りを巻き込」んでいく、そんなイメージを抱いていました。
 
2015年、ChapterⅡ。
第一声は、「君たちとなら歩いてく」。この、「君たち」は、嵐の4人か、ファンやスタッフも含めなのか。私には後者に思えました。当然のようにすぅっとその文脈で入ってきたのです。「こんな景色はみんなのおかげ ここまで連れてきてくれるなんて」2008年のこの曲では嵐5人だけが見えていたけれど、2015年では彼らを支えるすべての人が周りにワァーっといて、大草原が美しく花の咲き乱れる色とりどりの大地に見えて。
「果ててたとしても」創ろうとしていた道は、「果てない道」に変わり、その道を、「歩いていこう」って、そのすべての人、ほんとひとりひとりの手を取っているように見えた。
「辛い夜も暗い夜も タイトルを奪い取る ステージ上終身雇用」それを宮城の地で高らかに歌う。みんなの夢である嵐の櫻井翔が。
そう、ChapterⅡでは、「私たちファン」のことも見えたんです。彼の未来に一緒にいる。私たちのことも包み込んでくれたような気がしたんです。
BLASTの最後の挨拶で、東北の皆さんに向けて「少なくとも52000人の仲間がここにいる」と語りかけたことでそれは確信に変わりました。
 
昨年のハワイでのBLASTのとき、「漠然とした夢だけど俺らが行くことでその地域活性化につなげることができたら」というような発言をしていて、アニバーサリー的な雰囲気の強かったハワイコンサートの中で彼だけ随分具体的な構想を描いているな、なんて思っていたのですが、翌年の宮城BLASTで、「これからのBLASTの基盤になるようなものを」と語っていて、最後の挨拶でも確か、俺らが行くことで地域を盛り上げることができたら〜というような趣旨の発言をしていました。まさに「巻き込む」のではなく、「巻き起こす」嵐。
 
「あんな大の大人」の「罵り合い」という外からの評価はもう「置いて次向かう」。「こんな大の大人」になった彼が自らの愛や未来を描いていく歌詞に書き変えてる。
 
そして極め付けは。
「後追いども皆まず至らず」。ちょ、待って、あ、あなたって人はァア…!って、痺れました…。
ここ2年くらい翔くんは実際に「自分が何か伝えられることがあれば」というような想いで風磨くんをはじめあらゆる後輩と交流を持ち、現場に足を運んで感想を伝えたり、番組やイベントで共演して(時に目に見えるダメ出しを普通に行いながら)後輩を育てたり、というような活動を行ってきていたのに、ですよ。
私は知ってますよ若い子たちも見てるから、みんなほんとに翔くんに憧れてるし、影響受けてるし、あんなふうになりたいって夢描いて頑張ってる。すごく誇らしいなって。翔くんも後輩にいろいろ伝えていて、これがジャニーズの未来に繋がっていくんだなぁって嬉しさを感じていました。年を経るごとに、「継承」「バトンを繋いでいく」役目も必要なのかもしれない、と漠然と。それなら嵐が今まで担っていた荷物を少しずつ後輩に受け継ぐことで、彼らがもっとシンプルに彼ららしくやりたいことをやっていけるようになればいいのかもしれないとも。
が、その翔くんは、ZEROスピンオフの対談で、加藤シゲアキさんに「後輩たちは嵐の姿を追いかけますよ」と言われ、即座に「いやもう全力で逃げ切るよ」と返したんです。
違った。荷物を下ろすことで彼らがやりたいことができるようになるんじゃない。そんな単純なことじゃない。嵐は今をキープした上でさらに高みに昇っていくつもり満々。追いつかせる気なんてさらさらない。そりゃー自分らの番組にゲストで後輩きて対決しても後輩に花を持たせる気なんかなく全力で勝ちにいくわこのグループ。そういう人たちだったわ。
「全力で逃げ切るよ」と言った翔くんが、その後行われたコンサートの自身のソロ曲に新たなリリックを乗せてきて、そこで「後追いども皆まず至らず」って書く。「未だ至らず」なんじゃない、「まず至らず」なんです。誰も俺に追い付けやしないんです。はいそうですそうですよね、あなたに憧れてる人たちのことも応援してますけど、そういうことじゃないんですよね、そんなこと言ってるようじゃ絶対に勝ち目なんかないです。誰も翔くんには、嵐には追いつけないんだから。目指すものをそこにしてるようじゃダメです。視点を変えなければ。
 
はぁー好きだ。紛れもなくこれぞ櫻井翔だ。大好きな櫻井翔だなーあー好きだあんたは世界一だよぉー!!!!!
と拗らせながら彼への愛で急速に体が熱くなっていく感覚を味わっていたら、嵐がアンコール前に映像で嵐コールを煽って嵐に愛を叫ばせて、その後教会の鐘の音で登場して「愛を叫べ」を歌ったので、嵐は私と結婚してくれたのかな…?と思いましたまる。
 
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とここまで散々語ってきましたが、担降りしない、とは言え、私は今他に好きな子たちができて、その子たちのことはもういいや、となるかといったらならないわけで。
 
2015年9月23日は、いろいろなことが起こりました。
 
MUSIC STATION ウルトラFESにて、本当に久しぶりに、5人だけでSexy Zoneがデビュー曲のSexy Zoneを歌いました。
昨年の代々木での体制変更発表以降、わざとなのかと思うくらい頑なに5人でのパフォーマンスをさせなかった事務所。それはグループのコンサートツアーでもそうで、5人の曲にも必ずJr.がついて、5人だけの瞬間をとにかく作らないように意図的にしているように見えていました。5人だけのパフォーマンスは昨年のKQJ露出以来なかったのでは。1年以上ですよ。Sexy Zone(曲)に関しては、今年のグループのツアーでは、聡マリちゃんはJr.と同じ振付をしていたんですよ…………………
その間彼らは個々の活動で力をつけていたことは確かで、私の大好きな松島聡くんは、人前でパフォーマンスをすることがなかった期間にも着実に成長を遂げ、1月のガムシャラ、セクパワツアー、クリエ、そして夏のガムシャラで常に進化を続けてきた彼は、久しぶりにテレビで、誰の目にも5人のSexy Zoneだと、聡ちゃんはSexy Zoneのメンバーだとわかる状態でのパフォーマンスで、また私の見たことのない彼に進化を遂げていました。1ヶ月と4日ぶり、すごく短い期間しか空いてないのに、彼がまた変わっていた。
もちろん、同じようにいろいろな経験を積んだ他のメンバーも成長していて、今の5人で行ったパフォーマンスは、神々しさすら感じた。
まだ可能性のかたまりでしかなくて、この子たちの未来を信じたくて、だから私は聡ちゃんのことを、Sexy Zoneのことを見ていたい。
 
 
 
その日に更新されたジャニーズWESTのWeb連載なにわぶ誌。
淳太くんは、先週の重岡さんのくだらないおふざけ中間家巻き込みRAPのアンサーソングを書いていて、「お前が俺に勝てるわけないだろ?語彙力の違いだよ。WESTのブレインなめんな!」って言ってて………すみません、ぶっちゃけすごく笑わせてもらったのですが(淳太くんの尊先の一人櫻井さんのChapterⅡ見た後だったから余計にわらけた)。
そしてその後にまた同様に先週のなにわぶ誌で20年後は淳太くん48歳だからV6さん20周年のときのように活躍できない、99.9%無理だけど0.1%の未来に乾杯、というようなことを流星くんが書いていたのを受けて、「20周年は46歳や」と訂正した上で「そして逆ね。20周年でジャニーズWESTがなくなっている可能性が0.1%だよ。」と書いていて。もうこれは先週の流星くんからの今週の淳太くんのを実際に読んで欲しいのですが(笑)、最後の「99.9%の輝かしい未来に乾杯」に胸が熱くなりまして、もう!私!淳太くんは!人が好き!やっぱり好きな人だこの人!ってなりました。パーソナリティーをよく知らない状態で目で惹かれたはずだった人の内面まで好みだったときのキタコレ!感。しかもあれもこれもと好きなところが出てくる。そう、淳太くんのことはもっと単純にストレートに、あー好きだなーっていう素直な感情で見てる感じがします。そしてWESTを見ていると本当に幸せで満たされていく感覚があります。
 
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こんな感じで私の好きな人たちにはそれぞれ好きな理由があるから誰か一人なんて選べないし、こんなに楽しいことがたくさんあるのに見ないなんてもったいないじゃない!という精神で今は生きています。
担当の定義は人それぞれだと思うし担当は一人派も複数派も人それぞれだと思うし、私にとって担当とは、という定義は正直よくわかってません。ただ、「好き」のバロメーターがどこか一定のラインを超えて、名前を見ただけで高まって、活動を自ら追うようになったら私の中での担当なのかな、と思います(腰が重いので自分から動くようになるということは相当入れ込んでいるということ)。あと、担当、と呼びたいな、と思うかどうかもあるかもしれない。
 
これまで嵐オンリー担でやってきたので、掛け持ちをはじめると、いくら気持ちは無限だ全部に100注ぐんだ、といっても、今までひとつに注いでいればよかったお金と時間という有限のものをこれまでと同じように使うことはどうしたってできない。ここ最近は、このバランスの取り方がうまくわからず、常にギリギリかもしくはマイナスになりそうな状態で、悩んでいたのは事実です。オンリー担だったら、それこそ、これまでの私だったら多少無理してでも宮城多ステしたし、オンリー担だったら何の迷いもなくドリボの申し込みもしたし、のんちゃんの舞台だって本当なら4回くらいは行きたい、けど、そのどれも選ばない、選べない状態が、今までの私のヲタ活の仕方及び精神とずれていて、どうにかしたい、でもできない、ツライ…みんな羨ましい………となってモヤモヤしていました。
 
が、宮城に行って、Mステを見て、なにわぶ誌を読んで、やっぱり私はこの3人と3グループを捨てることなんてできない、欲張って見てたい!と思ったので、もうあとは周りの人に影響されずに、自分のスタイルで、うまいことバランスを取って切り替えていきながら、応援していくしかないのかなと思いました。
数をこなすことが愛じゃない、とも気づいたので。何回も観に行く、会いに行く、その数が愛の深さのように錯覚しそうになるし、そりゃー何回だって見たいし会いたいですけど、自分がこの道を選んだ以上そうも言ってられないことは火を見るよりも明らかなことなので、一回一回でちゃんと感じられればな、と。
 
一番いけないのは無理をすることと人に迷惑をかけることだと思うので…節度を持って…自分らしく、とにかく楽しく!ヲタライフを送りたいなと思います!以上!
 
櫻井担で松島担で中間担のクソDD欲張り雪粉さんでこれからもお届けしてまいります。